人に話せるなれそめ(昔男日記)
『先人が切り開いた道を追走すると楽よね?』
と、はるか前方をひた走る背中を必死に追いかけていたら、それが辛酸なめ子だったという絶望。
最強の女子力を求めてがむしゃらに走った結果が、辛酸なめ子。
いや、ちょっと楽しようとした報いが、辛酸なめ子。
俺は、手段も目的も見失っているようだ。
さらに、随分昔。
さとう珠緒が、こうのたまった。
『突然恋に落ちたい。まるで交通事故のように』
この時既に、高校生の股間を熱くした可憐なグラビアアイドルという地位から転落していた彼女ではあったっが、こんなセリフを吐くまでに成長していたとは。
お笑い芸人として。
彼女のしたたかな知性を再評価せねばと思っていた時に、気づいた。
二人の名前を並べると、
『珠緒なめ子』
であるという驚愕の事実。
30数年生きてきて、本当に良かった。
メディアから遠ざかっていても、やはり俺はこの二人から目が離せない。
この、『突然恋に落ちたい』というセリフは、数年たった今でも俺の女子力を刺激してやまない。
『あたしが落としたハンカチを彼が拾ってくれたの。それが恋の始まりでした』
なんて、もはや小学生向けの少女漫画でも描かなくなった昨今、
出会いはもっと栗の花臭い。
『隣で小便をしていた彼が、突然あたしのモノをむんずと掴んだの。
それが、恋に落ちる瞬間でした』
とまではいかないが、芦田愛菜ちゃんに語れるような美しい出会い方を俺はしてみたい。
まず語る機会はないが。
以前。
終電間際の駅のホーム。同じベンチの両端に座る俺と彼。
自分と反対方向の電車に乗り込もうとする彼が、ふと振り返り会釈をしてくれた。
それが彼との出会いでした。
というコッチ系カップルに会った。
瞳孔開き気味でそのなれ初めを聞いていた俺は、五寸釘が入っていないかどうか無意識にポケットの中をまさぐる。
とても、羨ましい。
週に3日は彼の家にお泊りして、彼の家から会社に行くとか。
とても、妬ましい。
彼がつくる味噌汁は、お母さんの味噌汁の味と同じだったとか。
とても、どうでもいい。
ステキな彼が出来るのであれば、なれ初めなんぞなくていい。
でも。
でも。
もしも叶いますれば、人様に語れるなれ初めが欲しい。
たとえ、聞く側の瞳孔を無施錠で全開にする事になったとしても。
明日、大量にハンカチを買いに行こう。