想像の3倍(勇気ある者だけに見える景色を見た事はあるか)
最近さー、なんか俺、命を狙われてるみたいなのよ。
先日。
歩道をテクテク歩いていたら、背後からやってきたおばさんOLの自転車に轢かれた。
俺に気づかれることなく背後を取るなんて、ヤルじゃん、このアマ。
てめぇで突っ込んでおいて、「わー」っつって倒れてた。
わー、じゃねぇって。
つか、よく自転車に轢かれるんだけど、大抵は女。
もしこれが、ガチムチ髭の褌男だったりしたら、
『構わん、続けたまえ』
とか言いながら、凛々しくあの時の角度(前屈み90°の姿勢)で応えるんだけど。
なかなか世の中、旨くいかないよね。
自転車といえば。
皆様方は、自転車を漕いでいる時に、前輪のスポークを眺めた事はあるだろうか。
銀色に輝く無数の細い棒が、回転によって一枚の円盤のように煌めく様を。
俺は幼少の頃から、知的好奇心が旺盛な、賢い人間だった。
無数のスポークが織りなす光景を眺めて、賢い俺にごく自然な疑問が湧いた。
『ここに足を突っ込んだら、どのくらい痛いんだろう?』
痛いのは容易に想像できる。
だけど、どの位?
知的好奇心と、予測されるダメージとの狭間で揺れ動く、乙女心。
知りたい、乙女として。
揺れ動きたい、乙女ですもの。
でも怖い、初めてなの。
とかなんとか、躊躇する事、数日。
それは唐突にやってきた。
確か、薄曇りのどんよりとした天気だったかと思う。
知的好奇心が脳裡をよぎるのと、行動するのはほぼ同時だった。
「すべての物体は、外部から力を加えられない限り、製紙している物体は静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける」(ウィキより抜粋)
飛んだ。
右足の甲に激しい痛みを感じつつ、俺は前方の空に舞った。
これが、38歳の今の俺であれば、
『飛んでる!あたし今すっごく綺麗に空を飛んでる!』
と、とびっきりの笑顔で、己の姿をアゲハチョウと重ね合わせた事だろう。
それはそれで危ない。
当時の俺は、己の身に起こった全てが信じられなかったよね。
右足の甲のほか、道路に投げ出されて打ち付けた、腕やら胴体も痛いだなんて。
結論 『想像の3倍は痛い』
なにものにも変えられない、貴重な知識を習得できたよね。
なんつーかな、感動?
目の端に涙が浮かんだのは、感動したからかな。
流したのは涙だけじゃなかったけど。
流血もしたし、なんなら少しチビったよね。
まぁ、いろんな所がビショビショ。
喪失感と達成感がない交ぜっていうかな。
大人の階段を登った感、あったよね。
赤飯、お願いしちゃっていいかな?
その後も。
『後ろを振り返りながら自転車を漕いで縁石にぶつかると、やはり宙を舞う』
事を、身を以て学んだ中学時代と続くんだけど、自分で自分が誇らしい。
一歩一歩、着実に、大人の階段登ってる。
かくして。
知的好奇心を探究しつづけて38歳に成長した俺は、
今日も背後から自転車に轢かれるのであった。
いいよ?
初めてじゃないから。
『構わん、続けたまえ』